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古谷充子 |【東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)】Tokyo Illustrators Society
第一線で活躍する東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)会員の古谷充子のページです。プロフィールや仕事、ニュースをご覧いただけます。

古谷充子 |【東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)】Tokyo Illustrators Society
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3月の終わり、島根に旅行している間に季節が変わり、
いつのまにか桜が満開になっていた。
毎年、蕾が綻び始め、いつ満開になるのかな
と楽しみにする期間を経て花見の時期を迎えるので
なんだか急に結末を迎えたような拍子抜け感。
でも何度もお花見をした。
友達と二人で、ゲラゲラ笑いながら井の頭公園から神田川沿い桜並木を見ながら散歩したり、
大勢で「たほいや」というゲームに夢中になり
下を向いて桜の木の下でウンウン考えたり。
どうしても桜の季節に山に登りたくて
桜の名所である岩殿山にも登った。もう花の盛りは過ぎていたけれど
かろうじて桜咲く木々の合間からどでかい富士山を見るという
夢のような山行ができた。
翌週の生藤山の山行は枝垂れ桜が満開で、
霞のような桜が山々の中でふんわりと所々咲いていた。
私の夫は富士山にも桜にも全く興味がなく、何がいいのかよくわからないと
本当にわからなそうにしているが、
私は桜も富士山もベタに大好きで、
この時期に存分に味わわないと寂しい。
満開後の桜を逃すまいと味わい尽くした。
くるりの「あい変わらず季節に敏感にいたい」という歌詞が
体に染み込んでいる気もする。
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そしてその翌週の山行で
太ももの筋を痛めた。あきらかにオーバーユースであり
まだ回復しきっていない。
毎週末の山行は私には負荷が強すぎるらしい。
歩き方の改善と筋トレをしなければいけない。
山は逃げない。山は逃げない。自分に言い聞かせる。
ゴールデンウィークもどこかに行きたかったけれど、
仕事もものすごく忙しくたてこんでおり、
展示も決まった。その準備もあるし、今回は断念。
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Instagramに北品川のカフェから連絡があり、
5月の7日から展示をすることになった。
とても素敵な空間で図書館のように本がたくさんある。
今まで描いてきたスケッチの展示。
まさかスケッチの展示ができるとはおもっていなかったのでとても嬉しい。
先日
有名なイラストレーターの方でも
お亡くなりになった後、膨大な作品の
維持管理が困難という話を聞いた。
今の時点でも絵が大量だし、
どんどん手放す方向の方がいいのでは
と考え方を改めた。
スケッチの作品も展示販売する予定です。
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島根から帰ってきて一週間ぶりにパソコンを動かしたら
フリーズの連続。元々調子が良くなかった。
2018年に買い替えて8年目のiMac。あの頃一番のスペックを乗せに乗せて
30万くらいしたもの。もう8年も経ったのか。
とりあえずその日のうちにApple Storeを物色。
28インチのiMacはもう販売していないのでMac miniを次の日には購入した。
28インチのモニタも買い、あっという間に移行終了。
しばらく動くうちは今までのiMacも手元に予備として置き、
2台使っている。
カーソルを動かすだけで2台とも同じマウス、キーボードで動かすことができる。
それにしても今月は国民年金の入金もあり、
先月の旅行も含めて出費が嵩んだ。
仕事をがんばろう。
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いまさらながら、
オーディション番組「NO NO GIRLS」略して「ノノガ」にハマった。
「HANA」すらよく知らず、SNSにたまたま出てきたCHIKAちゃんという女の子の写真。
この子はどんな子なのかな。と検索して見始めた。
この頃誰にでも、今更ながらおすすめしまくっている。
とにかくプロデューサーのちゃんみなさんが最高なのである。
26歳とか本当か。毎回発する言葉が理想の上司すぎる。
色々なところで「NO」を言われてきた人たちが
年齢も身長も体重も問わないオーディションに参加する。
毎回見ながら号泣。
オーディション参加者たちがとにかく可愛い。オーディションが進むごとに自己肯定感がどんどん上がっていく。
落とされる子たちへの愛もすごい。
「HANA」は久しぶりに全員の顔と名前が一致するグループになった。
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20年ぶりに習っていた広東語の、香港人の先生からInstagramに連絡があり、夕飯を先生の家でいただいた。
20年前、トニー・レオンのファンだった。
今も全然変わらず好きだ。
ウォン・カーウァイ全盛期で、恋する惑星、ブエノスアイレス、花様年華が大好きだった。
悲情城市も擦り切れるほど見た。
「インファナルアフェア」の上映時、
アンディ・ラウとトニー・レオンが来日するというので
試写会に応募したら当たり、友人と見に行った。
その時並んでいた列の後ろにいたのが今回久々にあった先生たちだった。
香港の方とその時初めてお会いした。
一緒にご飯を食べたように思う。
その後数ヶ月くらい広東語を習い、
実際に香港に一人旅したときには、先生のお姉さんの家にお邪魔した。
先生はもう広東語は教えていなかったけれど
なんにも変わっていなかった。
その時一緒に広東語をならっていた生徒さんたちとも
お会いした。
20年なんて本当にあっという間だ。
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広東語の先生はもう7年くらい香港には帰っていないそうだ。
トニーレオンのこの頃の映画も見ている。
「無名」は完全に中国本土の映画で
共産党のプロパガンダを感じるし
「ゴールドフィンガー」は香港の映画ではあるけれど
英国統治が悪として描かれている。
以前の香港映画にはなかった苦味がある。
どちらの映画からも政治を感じる
荒涼とした寂寞した余韻が残る。
香港のデモや蘋果日報が本当に他人事ではなくなった。
私の知ってる蘋果日報といえば芸能人の動向を
カラーで伝えるような身近な新聞だった。
戦争反対、基本的人権が大事、そんな
わかりやすく簡単で誰でも言えることを言うのが難しい時代がくるとは思いもしなかった。
地政学における「80年周期説」とは本当にあるのだなと実感している。

今月は、自分の暮らしが
地殻変動のように地面がぐらりと一つ変わったような一ヶ月だった。
まず先月日記に書きまくって購入したドラム式洗濯機。
快適だ。革命といっても過言ではない。
花粉症のこの時期、いつでも洗濯でき、干さなくてよいとはなんと贅沢なことだろうか。導入して本当によかった。
猫のキクが布団でおしっこしていまう問題があり、
今月拍車がかかり、なんと夫が寝ている上の布団でする
という新たなフェーズに突入。
もちろん敷布団は洗濯することができず難儀したが、
軽い布団や毛布などならいつでも温水で洗うことができ
とてもとても快適になった。
勢いで掃除機も買い替えた。地味に嬉しい。
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もう何年も連絡をとっていない友人から突然電話がきた。
コロナの後遺症でもう2年も寝たきりだという。
なんと言葉をかけていいのか、どんな感情になればいいのか。
正直いまも、わからない。
しかし話していると、彼女が絶望の縁のなかで絶妙に
乾いていてシニカルで面白いのだ。
彼女のたぐいまれなる才能だと思う。
ちょうど正岡子規の「病状六尺」を読んでいた。
悲劇のエッセイだと思っていたが全然そうではなかった。
実に淡々と普通に、新聞で見た事件だのみんなで話したことなどを
少し間がぬけたようなことも書く洒脱なエッセイだった。
彼女にもし、まだ少しでも気力があるのであれば
そういったことを書くのもいいのではないかなと
思いつつ、言い出せないでいる。
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そして今月はなんといっても
島根県の松江と隠岐島に旅行したことが
人生の岐路と呼べるくらいの大きな出来事になった。
隠岐島は、島後という大きな島と
島前と呼ばれる三つの小さな島の計四つの島で構成されている。
その島前の中のひとつ、
中ノ島の「海士町」が私の父の故郷だ。
今も父の姉、伯母と伯父が住んでいる。
私が隠岐島に行ったのはもうかれこれ40年も前になってしまった。
小学生の頃。
鮮明に覚えている。
どこまでも透明な海。
おじいちゃんの家で食べたサザエ、鮑、ニイナと呼ばれる小さな巻貝。
海では父と兄が素潜りして私が浮き輪で浮いていた。
その後行きたい行きたいと思いつつ、
行くとなると、船で本土から三時間。船の本数も少なく
とてもハードルが高かった。
そんな時インスタグラムで
海士町(の財団)主催のツアーを見つけた。
海士町は全国的にみても地方再生に成功した数少ない自治体として有名で、
大手企業や官庁の視察がひっきりなしだという。
どうしてそうなったのか、そんな話も聞いてみたかったし、
こんな機会がないとなかなか行けないかもと応募した。
・・・
初日から二泊は松江の叔母の家に泊まった。
父の弟である叔父は2年ほど前に癌で他界。
その際のお葬式にも顔を出せずにいた。
叔父さんのお墓参りもできた。
朝ドラの「ばけばけ」を楽しみに見ていたので
「ばけばけ」ゆかりの地もめぐった。
池に浮かべた紙が早く沈めば縁にめぐまれる、という八重垣神社では
叔母さんの紙は瞬く間に沈んだのに私の紙は全く沈まなくて面白かった。
とても気持ちのいい空気が流れている場所だった。
大きな亀の像でお馴染みの月照寺は
松江藩の殿様、松平家の菩提寺だった。
ハーンはこの寺を気に入っていた、というだけあってとても趣のあるいいお寺だった。
松平の歴代の殿様の墓は、大きな石灯籠が何個も列を成して三方を取り囲み、
その真ん中に鳥居、奥にまあるい石の上に三角の帽子のような石が乗っている。
とにかく一個一個の墓がとても敷地が大きく佇まいがとてもいい。
今では少し荒廃が進んでしまっていたけれど、
ハーンの訪れた明治にはまだ藩の威光も冷めやらぬ頃だろうから
とても立派でそして寂しく穏やかな場所だったとおもう。
どこにも似ていないお寺だった。
松江という街は、全てにおいてどこにも似ていない。
おっとりとした城下町で、ハーンのせいもあるのか
どこか文学的な香りがする。電動自転車を借りれば
全て回れるようなこぢんまりとした街だ。
大きく穏やかな宍道湖を望む美術館もすばらしかったし
夕日が嫁が島に沈む光景を飽きもせず眺めた。
街の至るところから松江城が見える。
小泉八雲の記念館と旧邸のももちろん足を運んだ。
二日目の夜は従姉妹たちと従姉妹の子供達も来てくれて
賑やかに宴会をした。従姉妹は、私が大好きな出西の小さな入れ物をお土産に買ってきてくれた。わかっている!私の趣味を完全にわかっている!とても嬉しかった。
隠岐島に渡る朝はわざわざ七類港まで
従姉妹や子供たち、総出で見送りにきてくれ、
船が出航し小さくなるまでずっとずっと手を振ってくれた。
・・・
隠岐島ではツアーで二泊。きちんとお話しを聞く座学のような時間や
島外の生徒が半分以上を占める島前高校の寮を訪れて、寮生に話を聞いたりした。
島の至るところにのんびりとした隠岐牛が放牧されている。
2400人の島民の400人は島外から移住してきた人々で、
毎年200人もの島留学生が一年間、島の仕事に従事する。
そのままその留学生が残り、財団や教育の仕事などに従事している。
私の祖父母の家は、父が海士町に寄付して
島留学生たちのシェアハウスになっている。
とにかく過疎の島だというのに若い人がとても多かった。
歩いていると「こんにちは」と挨拶される。
ツアーの参加者は
経産省の若い方や大手企業の方、教育関係の仕事の偉い方や、福祉事業の社長さん、地方自治体の職員の方々など、ビジネスとしての視察の方々ばかりで、隠岐島にルーツがあるから、という理由での参加者は私一人だった。
町長さんとお話すると、伯母と伯父が仲人だった、祖母も祖父もよう知っている、と笑っていた。
・・・
最後の晩は父の姉、海士町に住む伯母の家に泊まった。
84の伯母は90の伯父と二人暮らし。
朝、電動バイクを町から借りて、伯母の家に行くと
親切なさとうさんが、今日とった魚をビニール袋いっぱい持って来てくださっていた。私が来るからと伯母が頼んでいたもの。
その上私の電動バイクの電源を伯母と一緒に探し回ってくれる。
伯父の役場時代の後輩だという。
2人で台所に立ち、手袋をして、黒鯛、鯛、イサキ、メバルを伯母さんの指導の元捌く。黒鯛が暴れに暴れて大変だったけれど、なんだか楽しい。
鍋に入れたところで裏の畑に伯母が行き「みちこちゃーん」と呼ぶ。
好きな野菜を取りなさい、と言われその場でネギ、レタス、ブロッコリーを収穫。取ってすぐに鍋に入れ、お昼に食べた。
地産地消とはこのことだ。
午後は畑仕事の手伝い。伯母は遠慮していたが「田舎暮らし体験だから。農業体験だから」というと「そんなふうに言われたら悪い気せんね」と笑いながら手伝わせてくれた。
裏に住んでいるケンちゃんが
伯母さんの畑を耕してくれる。お金をあげたけれど
返しにきた、とかで伯母さんはお礼にケンちゃんにアイスモナカをあげていた。
途中ケンちゃんがフイっといなくなると、
袋いっぱいに詰め込んだ採れたてのワカメを無言で突き出し私にくれた。
今の時期にしか採れないごちそう。夜に油炒めにしてうまいうまいと食べる。
翌日の朝には新しい苗がたくさん届いた。
家にいて座っているより裏の畑をしている方が気が晴れるけん、という。
苗と一緒に届いた「酸度計」を土に刺してはアルカリ性と酸性を調べて楽しんでいた。
「ずっと欲しかったの。84歳にして初めての酸度計です」と笑った。
帰りにさとうさんのとった沢山の魚、伯母が作った鰯の一夜干し、
蕗の薹の佃煮、鰯の醤油煮、あんころ餅などお土産にくれた。
伯母はよく間に合った、今度はないかもしれん、と言う。
日に3度、ヘルパーさんが伯父を見に来てくれた。
ヘルパーさんたちも愛知や東京からの移住者だという。
この桃源郷のような暮らしがどうかどうか穏やかにまだまだ続きますように。
帰りの船で隠岐の島をずっと眺めて涙が溢れて止まらなかった。
港に着いたら松江の叔母が車で迎えにきてくれて
これまたお土産をたくさんくれた。
・・・
帰ってきてから
実家に帰り、父と母に旅行のお土産だの話だのをした。
従姉妹が、お祖父ちゃんの戸籍が二転三転しているので
そのことについて父に聞いてきてほしい、と言っていた。
父に聞くと、祖父の数奇な戸籍の秘密が全て詳らかになり長年の謎が氷解した。
祖父には異父弟が二人おり、曽祖父側にも血のつながりのない弟が一人いる。
12歳で奉公に出され、荷車を引きながら勉強をし、教員になった。
結婚する際に祖母の伯父の姓に入ったり、祖母の姓にはいったり、
結局曽祖父の姓である「古谷」を名乗るようになる。
その複雑な戸籍の理由を全て父が知っていた。
あの痩せていて穏やかだった祖父。
亡くなる直前には東京に呼び寄せて一緒に暮らしたこともある。
自分のルーツを巡る旅だった。

2月はとにかく洗濯機を探していた。
今月は洗濯機の話を長々します。
京都の友人宅に泊まった時、
夜その日に着たものを洗濯してくれ、
朝になったらすっかり乾いていた。
私の着るものといえば、普段着すら今や登山着。簡単に乾くしシワとか関係ない。乾燥機のある生活、ピッタリである。最高だ。
今使っているのは10年ほど前に買った縦型洗濯機。
その頃は緊急で購入したこともあり、予算も限られ、築50年にもなる古いマンション。洗濯機を置けるスペースがとにかく狭く縦型を購入。
夫婦揃って花粉症が割と重症なので、3月4月は部屋干し一択となる。狭い我が家では、いつでも頭の上に洗濯物が干されている。生乾き臭にさいなまれながら日常を送る。
どんなに糸くず入れを洗浄しようと、毎回白い洗濯カスが無数に付くようになっていた。その都度洗濯後にウェットティッシュなどで取らねばいけなかった。
潮時である。
始めは縦型洗濯乾燥機を重点的に探していたのだけれど、調べるとドラム式がいいんではないか、となってきた。乾太くんがいいとは聞くが、賃貸のうちでは無理。
そして乾燥形式は、ヒートポンプが良いらしい、とか、
洗濯できる容量はなるべく大きい方がいい、とか絞って行き、YouTubeで実際に使用して二ヶ月経った感想、他機種との比較動画、などなど検証。うちにおけるサイズを測ったら、ほぼほぼ1択になっていた。
夫と陣馬山に登った帰り、八王子で銭湯に入り、
八王子駅のビックカメラで実機を見てみようとふらりと立ち寄った。
そこには「明後日まで、インターネット契約をすれば7万円引」という衝撃の張り紙が貼られていた。
夫となんだこりゃと眺めていると店員さんがやってきて、「色々プランなども指定のものにすれば12万円お安くできます」と言われた。
キツネかタヌキに化かされているのかもしれない。
半信半疑のまま、もう、買おう、と話を聞くことにした。
洗濯機の話はほぼゼロだった。
2時間ずーーっと拘束されてインターネットと携帯電話のキャリアの変更の話をしていた。
急に洗濯機から全く違う商談が舞い込んできた。
うまい話には裏があるに決まっている。
ポンコツの頭をフル稼働しながら、芸能人のCMをバンバン流す消費者金融だの、リボ払いを手裏剣のようにいつでも投げつけてくる銀行だのの、
怖い怖いトラップを思い出しながら話を聞く。
どうにもかなり高いプランを契約させ、翌月からなら安いプランに変更していいですよ、といいつつ忘れて高いプランを契約させ続けるのが狙いらしい。
いらないオプションもいっぱいつけさせられた。
事務手数料もなんの説明もなく、さらりとつけられていた。書類をご確認ください、と言われて、一つ一つ丁寧に見返したらその金額が説明なく書類にのみ記載されていた。怖い。
その都度メモしつつ聞く。今この日記を書きながらそのメモを見直し、いらないオプションを解除した。
今回新契約することで、解約させられる今までの会社には違約金を払わなければならない。その違約金は肩代わりしてくれるそうだが、
七ヶ月後、郵便為替で違約金が来る。
これも面倒臭いからやらない人が大半なのを狙っているらしい。小狡い。
そしてdocomo光の解約もとても大変だった。
電話も繋がらず、ドコモショップに行くも三時間以上待つと脅される。
うまくトラップを回避できたかはわからないが、ともかく格安で洗濯機を購入できた。
搬入経路も下見の方が来てくださり当日もトラブルなく入り、使い始めた。
嬉しい。何故もっと早く導入しなかったのだろう。
部屋干しがなくなるだけでこんなに心が軽いだなんて。ありがたやありがたや。
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英語の勉強、再加熱中である。
友人のアメリカ人の友達が日本語学校に通っていて
その学校に通う人たちと話す機会があった。
カリフォルニアの若者の言葉はとてもゆーっくりで、
kind of やI mean にyou know を連発なさるのでゆっり話すのに全然理解できなくて驚いた。
しかしイタリア出身の女性の英語がわかりやすくて、
小津安二郎好き、という部分で意気投合。
じゃあアキ•カウリスマキは好きだよねとかperfect daysはどう?とか、パターソン最高だった!とか
ただの映画好きの友達と話しているような楽しい時間を過ごす。
そしてDuolingo に益々ハマっている。二月は毎日欠かさずやった。
登場人物たちの物語まで楽しくて、レベルが上がってきたらその声が変わってしまいガックリするほど。
ドラマで英語を習うのが楽しい、みたいな気持ちがまさかDuolingoで味わえるなんて。
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今月も山に毎週通った。
2/8は都心でも積もるほどの雪。
これを逃しまいと夫と行った高尾山。
しんしんと降り積もる雪の中、登る人とちらほらとしか会わない。いつもの6号路も別世界。
チェーンスパイクを使い踏み締め踏み締め、ゆっくり味わった。行きと帰りの京王線が止まったり特急が無くなったりするのは大変だったが貴重な体験だった。
上野原の風の神様という素敵な名前の山もよかった。
富士山を見ながら歩くチビ縦走。
友達とゲラゲラ笑いながら進んだ。
陣場そばを食べに登った陣馬山もよかった。
一の尾尾根はなだらかでとても登りやすかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
友達が誘ってくれて見た
下北沢人形劇祭の
「かもめ」を見に行った。
女性の一人芝居。
人の顔が出ていて、
人形に話しかける腹話術方式。
チェーホフの「かもめ」を大女優設定の人形に演じさせる、という内容。
他の登場人物はその女優のハンドバックにから出てくるもので見立てる。
若い女優はスカーフ、
息子役はテディベア、
作家は本など。
会場はスズナリ。満員。皆息を殺して
彼女の一挙手一投足を見守っている。
演じる実物の彼女がとても美しく、
人形は老婆。その対比の残酷さ。
とても面白かった。
翌日のブレックファーストミーティングにも参加。
どんな気持ちでこの劇を作ったのか、
直接お話を聞くこともできて嬉しかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
衆議院選挙の結果は最悪で、
アメリカとイスラエルは、イランと戦争を始めた。
SNSは阿鼻叫喚のよう。少し距離を取りつつ、
冷静に戦争は嫌だし、差別は嫌。
それだけは変わらずに思っている。
何かアクションのやり方があれば。
仕事は今月も忙しくありがたかった。

今月は毎週末山に登った。
・表尾根から塔ノ岳
・陣馬山から高尾山
・矢倉岳 御殿場近くで富士山を一望
・京都で松尾山と城山(八木城址)
・埼玉県の芦ヶ久保の日向山
今月は特に天気が良かった。
晴天なのに家にいるなんてもったいなさすぎて
うずうず居ても立ってもいられなくなってしまう。
年始に新しいザックが欲しいなと、ふらりと立ち寄ったアウトドアショップで
まんまと買ったパーゴワークスのBuddy33もこの山行全てで背負った。
京都の旅行もこれで行った。
ものすごく沢山入るし、雨蓋にひっかけるフックの位置を変えるだけで収納力が変化するのも良い。
左右に着脱可能なストラップが付いており、それを動かすことで使いやすさも倍増。
お揃いのウエストポーチもいい。
少し肩凝りしやすいのが難点。でもとても気に入っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1月も歌舞伎を見た。「女殺油地獄」
実は初めて見た。
近松門左衛門の作劇の素晴らしさに唸り、未だに感動している。
主人公の与兵衛は油屋のボンボン。
いい男で不良で女にモテるタイプ。
父は早くに他界し、当時の番頭と母が再婚している。
与兵衛は新地の芸者に入れあげ首が回らず、
その上芸者絡みの喧嘩で誤って武家の駕籠に砂を投げてしまう。
舞台上で本当に砂を投げることにびっくりする。
その後、父母、妹が泣きながら与兵衛の説教をするも何も聞かない。
それどころか家庭内暴力をする始末。
母は勘当を言い渡す。
ここまでずっと与兵衛は全く悪びれない。
父と母は、同業の油屋の女房お吉に
勘当した与兵衛が不憫と、もし訪ねてきたら渡してくれと
泣きながら大金を置いて帰る。
そしてここからがクライマックス。
夜更けに訪ねて来た与兵衛。お吉がその金を渡す。
普通ここで改心して与兵衛が真人間になる、と思うけれどそうは行かない。
与兵衛はお吉にこれじゃ足らないから更に金を貸してくれ、とせがむ。
断るお吉。
では油を少し分けてくれ、という与兵衛。
与兵衛に背を向けて油を入れるお吉。
懐にしまっていた懐剣を抜く与兵衛。
剣がギラっと光り、驚いて振り向くお吉。
なんでもないという与兵衛。
また油を入れだしたお吉を与兵衛が襲う。
逃げ惑いながら
人の大きさほどある油壺が次々倒れる。
油でドロドロになりながら滑りながら転びながら
女を殺していく与兵衛。
凄まじい。
女が自分の手についた血を与兵衛の顔に塗る。
そして絶命する。
ここは歌舞伎だからできる様式美。
次々に転び、みえをきり、海老反りの後に絶命。
ここから急に写実になる。
お吉の帯に挟まる金庫の鍵に手を付ける与兵衛。
手の震えが止まらない。
鍵についた小さな鈴の音が、真夜中に、震えた手によってずっと鳴り続ける。
それで起きてしまった赤ん坊の泣き声。
赤ん坊が泣く中、倉庫から金をありったけすべてかき集めて
与兵衛は夜の街に消えて行く。
私が見た幕はこれで終わりだった。
救いが一切ない。
殺された女お吉はただの部外者。
痴情のもつれもない。ただただ残酷で自分勝手な主人公。
近松門左衛門の言葉「虚実皮膜の間」とはこのことか
と見せつけられた。
今でも全世界にありふれた犯罪。
甘やかされて育った人間が残酷な犯罪に走る。
砂や油、鈴の音に赤ん坊の鳴き声。
小道具の使い方や演出も凄かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1月の終わりには
磔磔でZAZENBOYSを見るため京都に夫と出かけた。
1日目は吉田神社の小山に登り、ライブを見た。
磔磔でライブを見るのが夢だったので嬉しかった。
向井秀徳はなんだか今回ちょっとサディスティックだった。
夕飯に寄った「たかはし」というお店が
日本酒もちょっとしたアテも蕎麦も美味しかった。
2日目はレバノン料理の朝ごはんを「汽」で食べた。
おしゃれな上に美味しかった。
西院近くで胡椒餅を食べて友人宅へ。
友達は京都郊外に去年家を建てたのでそちらへ伺う。
ここで病気の猫がいるため夫は帰宅。
私は友人宅で2泊した。
3日目は雪の降る中、北野天満宮の天神市に行き、漆器の御椀などを購入。
嵐山でちょっとした登山をして、おうどんをたべ、町外れの完成な住宅街にある
カフェ「掬」でお茶をした。最後に寄った清涼院というお寺も素敵だった。
4日目は八木城址に登った。1時間くらいで頂上に行ける山だけれど、雪もあり、
景色もよく、古跡もあり、ロープありと変化に飛んだ地形で楽しかった。
京都駅近くの「山本まんぼ」でお好み焼きを食べ、「サウナの梅湯」で
ひとっ風呂浴びて新幹線に乗った。
友達が住んでいるので京都の旅行がとても充実できるようになった。
一緒に遊んでくれるし回ってくれるし、教えてくれる。
夕飯の鍋やら朝ごはんのお餅やらとても美味しくて
ありがたい。また遊びに行きたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
MONONO AWAREとサニーデイ・サービスの対バンも行った。
サニーデイ・サービスのライブ、初めて見た。
凄まじかった。曽我部さんはこんなに太い音のギターを鳴らし、
ゴリッゴリのロックをやっているのだと知った。
一曲一曲全力で、振り切って演奏していて最高だった。
MONONO AWAREは毎回見に行くとその次のライブの予定を発表してくれるので
それで次のライブの予約をするのだけれど今回は告知なし。
どうやら別ユニットのMIZを今年はやるのかな。
毎回見に行きたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
友人が英語学習アプリDuolingoの有料会員をシェアしてくれたので
オンライン英会話も続けつつこちらも始めた。
前にもやっていたのだけれど、
日本語で出題→英語で回答のしくみだと、
せっかく英語脳になっているのが阻害される感じがして
やりにくく続かなかった。
今回、英語で出題→英語で回答
というEnglish to Englishで進められるようになって
俄然楽しくなった。
どうしても中級の壁が厚い。
未だに文法がめっちゃくちゃ。
簡単な文章を聞き、話、ディスカッションするのを繰り返している。

今月始めに登った「牛奥の雁ヶ腹摺山」という
日本一長い名前の山がとてもとてもよかった。
もう30年来になる友達たち3人で、
ゲラゲラ笑いながら、好き勝手に山を楽しんだ。
快晴の空の下、変化に富んだ山道に、
綺麗に見える富士山。
牛奥の雁ヶ腹摺山から一度樹林帯に入り、最後にどかんと目の前にドカンと大きな富士山、眼下に広がる数々の山脈が現れた。3人で信じられない景色の前で息を呑んだ。てんでに、コーヒーを飲んだり、お茶したり。私は絵を描いた。
帰りに寄った甲斐大和駅前の中華もとても美味しかった。
下旬には飯能にある伊豆ヶ岳にサクっと登った。
男坂に挑戦して冷や汗をかいたけど、気持ちのいい山行だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ずーっとお会いしたかったイラストレーターの方とお会いした。
もう20年以上前から名前とお仕事は存じ上げており、ファンだった。
私がご迷惑をかける大ミスをしてしまい、席を設けた。
まったく気にしていないとおっしゃっていただきありがたい。
朝10時の新宿ベルクで待ち合わせ、というのも最高だった。
素敵なモーニングを堪能し、朝からビールを一杯。最高。
モジモジしつつなんだか色々お話し、
実は家がそれほど遠く無いことも判明。
その週のうちに
一緒にサンデーベイクショップにまたも朝10時に待ち合わせて
柚木沙弥郎展を見に行った。
楽しかった。
いつのまにやら同業者の友人とは疎遠になってしまっていたので
この年からお友達が増えるなんて嬉しいかぎり。
またお話できたら嬉しい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初音ミクの出ている「超歌舞伎」にご招待いただき見に行った。
貸し切り公演だったため、
入口で特性初音ミクさんのお弁当にお茶、筋書(パンフレット)、
ペンライトを渡され、イヤホンガイドも配られて至れり尽くせり。
肝心の歌舞伎は思ったよりちゃんと歌舞伎で驚いた。
「初音ミク」という役者の扱い。
白拍子の舞を踊ったり、
隈取で妖怪変化となって立ち回りをしたり。
それを中村獅童さんと演じる。
普通に楽しく拝見した。
合間をお茶し、
せっかくならと夜の部も見た。
なんと50歳差のカップル役だけれど、玉さんも
艶っぽく、
染五郎さんの丁寧な役作りでとても楽しかった。
その後の創作歌舞伎の「火の鳥」はモダンバレエのよう。
火の鳥役の玉三郎さんがとても饒舌におしゃべりするのにびっくりした。
中車さんが歌舞伎に馴染んでいてとってもよかった。
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月の後半に体調を崩してしまい、
友達に迷惑をかけてしまった。
風邪をひくとやっぱりどんなに軽くても
まるまる一週間は回復にかかってしまう。
お笑いライブもサクッと見に行ったり、
鈴木成一さんの書店もとても見応えがあった。
恒例の友達の家での忘年会、
聖護院大根のふろふき大根を持っていった。
これからの定番にしてもいいかもしれない。
ふろふき大根は本当に芯から温まる。
おせちで毎年伊達巻を作るけれど、
毎年焦がしてしまいぶっかっこう。
けれど味は今年が一番美味しくできた。
集まった友人は昨日と一昨日にパリから帰ってきたり
秋に仕事でカナダに行ったり。
3月にはベルリンに行く友人も。
私も
3月に島根に行く計画をたてている。
早く航空券を取らねば。
2025年も大変お世話になりました。
2026年も何卒よろしくお願い致します。

11月は久しぶりの個展を福島県白河市にあるみず文庫で開催した。
9月の終わりから展示の企画が始まり、
始めの一ヶ月は中野真紀子さんの個展、
途中2人の作品を同時に展示する二人展になり、
11月4日から私の個展になった。
11月3日から一泊二日で福島に滞在し、
3日は真紀子さんと一緒にワークショップも開催し、
4日はみず文庫で行われているワークショップに参加者として受講した。
みず文庫のみかさんと真紀子さんと夜遅くまで話したり、
みず文庫のある南湖公園を散歩したり、ちょっとした旅行感もあり楽しかった。
みず文庫のみかさんは
「リンビー」という臨床美術のワークショップを開催しており、
それに参加したのがすごく楽しかった。
イラストレーターとして、
毎日のようにAIの脅威に恐れおののくことが多い。
以前小池アミイゴさんが
これからのイラストレーターは
1から自分で仕事を作らなければいけないと
おっしゃっていたのだけれど、本当にその通りだと思う。
それを体現されているのがみず文庫のみかさん。
イラストレーターとしての仕事もあり、
夫の江藤くんと南湖公園に小さな本屋さんと図書館を構え、
リンビーというフェリシモが主体の臨床美術のワークショップ講師をし、
企画を立案し、例えば谷川俊太郎さんを福島に呼んで
地元の人たちから質問してもらい、
それを一冊の本にまとめて、出版社を立ち上げて出版したり。
自身のルーツである奄美大島に行ったり、イタリアに勉強のため行ったり。
私はというとクライアントワークがあることがとてもありがたいけれど、
忙しくしている中でもいつでも
来年もこの仕事があるだろうか、と背中の後ろに崖があるような感覚で
仕事をしている。
それなのにとても怠けている。
今回は個展というかたちで
宮沢賢治の「双子の星」の絵をたくさん描けて本当によかった。
普段のクライアントワークでは描かない絵ばかりだし、
発見もたくさんあり、そして楽しかった。
これを一冊にまとめて
一つ前進できればと思っている。
30日には搬出でもう一度福島に行ったのも良かった。これからもみず文庫の江藤くんとみかさんと
なにか作って行ければありがたいなあ。
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ねこの具合に一喜一憂している。
もう随分な長患いになってしまっている。
慢性的で治る病気ではない(三臓器炎)ので
ゆるやかに病期の進行を抑え、
だましだまし穏便な日々を長くする対処療法しか
手立てがない。
ステロイドを飲むと食欲が湧くのか
わりと食べてくれていたのが
血糖値があがり、ステロイドを少し控えたら
途端に食欲がなくなり
みるみる小さくなりどうしたものかと思っていたけれど、キャットフードを変えたらまた食べてくれるようになった。
もっと太ってくれるといいな。
食欲のない頃を脱し、
またちょっと元気な今日このごろ。
しかし薬代が猛烈に高い。
猛烈に高いであります。
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今月は青梅の低山あかぼっこにハイキングに行ったのも良かったし、
夫と夫の会社の人(女性)と
夢だった雲取山にテント泊で出かけたのも最高だった。
雲取山のテント泊は
テント泊も初めてだったため、
なにかと装備も買い揃えた。
しかしセールをうまく活用してそこまで出費も抑えられた。
sea to summitのシュラフの中に入れるフリースも買ってよかったし、
mont-bellのスリーピングマットもアウトレットで、そのうえ夫がコツコツ貯めたポイントを使ってくれて安く済んだ。
なにより、ブラックフライデーだかで
ミレーの50リットルのザック定価4万円相当が
1万円くらいで買えたのもありがたかった。
そういえば登山の定番「ミレーのあみあみ」
アミアミの下着も購入したのだけれど、
これが噂に違わず非常に良い。
ノースリーブのものだけれど、冬場に着ると
腹巻き的な暖かさもあり、汗を吸ってくれるので汗冷えが解消された。これは普通に普段でも使いたい。
年を取ることを悲観的に考えることはほぼないのだけれど、
山に関して言えば、
向こう10年くらいが行けるピークな気がしていて、
行きたい山が沢山あって、わくわくする。